シリア難民危機を考えるブログ

シリア難民に関する情報を集約していきます。難民問題と切り離せないシリアや中東情勢についても検証します。

なぜ多くのシリア人が難民としてヨーロッパに向かうのか?

先日、日本のアニメーターによるシリア難民の少女を描いたイラストが注目を集めました。

多くの難民が働かずに、先進国でお金を受給して暮らしたいと願っているようなコメントが付されたそのイラストに、世界中の非難が集まったのは記憶に新しいところです。

またそこまで露骨ではなくても、難民の多くが「経済移民」であり、より多くの収入を求めて先進国で仕事を得ようとしているにすぎないという声も聞かれるようになりました。

それは、実際の難民の声を直接聞くわけでも、難民に関する基本的な事実の収集するわけでもなく、憶測よる実態とかけ離れた理解であるように思われます。

しかし、そうした人々を批判する側にも反省しなければいけないことがあるのではないでしょうか?

果たしてシリア内戦が勃発してから、日本人にその実態を知らせるような努力をどこまでしてきたか?ということです。

確かに難民を助けるため現場に赴いて援助を続ける人々の存在は知っています。彼らの活動は多くの人たちの模範となり、行動にあたっての指標になっています。

しかし、彼らが見たもの、感じたことが、日本人に広く伝わっていない。なぜ偏見に満ちた難民理解がまかり通ってしまうのか?そこを突き詰めてい考えていく必要があると思うわけです。

そこで自省を込めて、シリア周辺の難民キャンプで何が起こっているのか?何がヨーロッパ流出の誘因となっているか?をざっくりとまとめてみました。


2015年10月19日現在ヨーロッパへ海路で流入した難民の数は今年だけで60万人を突破しています。その半数以上はシリア人です。

www.globalrefugeecrisis.com

UNHCRの統計によれば、多くがトルコからギリシアへ流入しています。彼らは、距離にしてとてもわずかな距離を多額の費用(密航業者へ流れる)をかけ、命を危険に晒しながら渡ってきます。

ヨーロッパへの難民の数は今年は100万人を超えると想定されており、これから冬にかけても次々とやってくる可能性もあります。

しかし、ヨーロッパでは難民の大量流入に対する反発もでており、これまで受け入れに積極的だったドイツでもメルケル首相への不満が生まれています。そのため、メルケル首相はトルコ首相との会談で、流入をトルコで押しとどめるよう協力を要請をしています。

その成果が具体的にどのようにでてくるかが今後を占う上で重要なポイントになってくるでしょう。

しかし、ヨーロッパに流入した難民の数は、シリアで家を追われた人々のうちの僅かな割合でしかありません。

人口2200万のシリア人のうち405万人がすでに国外へ脱出しました。トルコには約200万人、レバノンには110万人、ヨルダンには63万人の人々が生活しています。

また、国外に出られずシリア国内で避難している人(国内避難民)は760万人ほどいると推測されています。国内外で避難をしているシリア人は国民の約半数に上ります。

これだけの膨大な数の難民が発生しているにもかかわらず、内戦終結の見通しが立たないどころか、ロシアの参戦により状況はますます混沌としています。まさにこれが「今世紀最大の人道危機」とも呼ばれる理由でもあるのです。

1000万人を超える人々が家を追われていることを考えると、ヨーロッパに流入する難民の割合はほんのわずかです。ヨーロッパに行くことができるのは、若者や、大人の男性がいる世帯に限られ、高齢者や男性のいない世帯は、せいぜいトルコ、レバノン、ヨルダンなどにとどまるしかないという実態もあるようです。

しかし、シリア周辺国で暮らすシリア人の生活はますます苦しくなっています

www.afpbb.com

www.nhk.or.jp

クローズアップ現代で紹介されていたある一家は、2014年にシリアからレバノンの難民キャンプに避難しましたが、その後、夫が死亡したため、現在は6人の子供とともに暮らしています。ところがこの8月、国連からの支援金が月額3万6000円から8000円へと大幅に減らされ、1日2食の生活を強いられているとのこと。

WFP(世界食糧計画)は、資金不足から36万人分の食糧支援を打ち切りざるを得ませんでした。NGOでも無料の診療を停止したところもでてきています。

WFPは9月に入り、シリア周辺国に滞在する難民36万人への食料支援を打ち切った。もっとも困窮した状態にある人への支援は続けるが、ヨルダンではキャンプ外で暮らすシリア人に配る食料券を月14ドル(約1700円)へと半減。レバノンでも同様の措置をとった。1日50セント(約60円)弱で暮らす計算で、WFP報道官は「(支援削減による現地の環境悪化が)多数の難民が欧州に向かう一因になっている」と説明する。 「難民支援、財源不足で縮小 国際機関がシリア周辺で」 日本経済新聞2015年9月11日

その背景として、必要な金額に対して国際社会からの資金協力が得られないということがあげられています。2015年に関しては、8月の段階で必要な額のおよそ4割しか集まっていないとしています。(その後、EUやその他の国々から追加支援の申しであがあったので、現在はもう少し改善されていると思われます)


こうした状況に追い打ちを欠けているのは、シリア難民の労働環境です。

トルコには200万人のシリア人が滞在していますが、その多くは低賃金労働に従事しているのに加えて、原則として働くことが制限されているため、安定した収入が得られないのが実情です。なけなしの貯金を切り崩して生活をしています。

http://www.humansofnewyork.com/post/130085731641/my-husband-and-i-sold-everything-we-had-to-afford

↑ (ヨーロッパへ渡るために、トルコで1日15時間も夫婦で働く実態も)

実はトルコ、レバノン、ヨルダンでは、難民キャンプで暮らしている人は圧倒的に少なく、トルコでは難民キャンプに滞在している避難民は全体の10%強。大半はホスト・コミュニティで家を借りて生活をしています。

しかし、最近は家賃が高騰ているという情報もあり、数世帯共同で家を借りる人々も増えているようです。それでも仕事がない状況では住居費を支払うこともままなりません。


その結果、しわ寄せを食らうのが子供の教育です。

トルコには学齢期に達した子供が60万人ほどいるとされますが、学校に通っているのは3分の1ほど。学校に行けない理由として、避難民では習得が難しい居住許可証を求められることも関係しているという見方もあります。

さらに、学校に通えないだけでなく、ヨルダンでは児童労働に従事させられている子どもの存在も指摘されています。

今のシリアの子供たちは「失われた世代」だ。まともな教育や適切な医療を受けることもできないまま、テントや地下室で子供時代を送っている。シリア難民の子供の約半数は学校へ通っていない。ヨルダンでは、難民の子供のうち10%が児童労働に従事させられている知っておくべき難民の現実

内戦が長期化し、学校に通えない世代が生まれることで将来のシリアに「失われた世代」が誕生するのではないかという危機意識をもたらしています。家庭の事情から路上で物乞いをする子どもの発生も問題となっています

こうした状況を改善するため、EUは先月、1250万ユーロ(約17億円)をユニセフに寄付することを表明しました。それは学校の新設や設備の拡充に充てられることになるそうです(日本では世界記憶遺産を巡るいざこざで、そのユニセフへの拠出金を停止するという話まで出ていますが)。

アメリカ政府や日本議連でも学校設立を支援していますが、増加する避難民に対してその数は決して十分とは言えません。

reliefweb.int

https://www.facebook.com/syriasupportcaucus

このように、トルコ、レバノン、ヨルダンの難民キャンプやコミュニティでの厳しい生活が、ヨーロッパへの密航へと向かわせている面があるように思われます。経済的に苦しい生活を送る人々は、危険なシリアに帰国することも検討しているほどです。

仕事がない、食料が買えない、子どもを学校に通わせられない、子どもが将来に対して展望を持つことができない。

未来に展望を抱けず、生活に改善の兆しも見えない。

そうした状況が打開されないかぎり、今後もヨーロッパ行きの誘因は決して断ち切れないと思われます。

クローズアップ現代でインタビューを受けていたドイツで暮らす難民の一家は、月に20万円の支援金を受けて生活をしています。仕事も軌道に乗りつつある今、今後、その支援金は別の新しい人に使って欲しいと語ります。

シリアで暮らしていた人たちに将来の展望が少しでも開けるような支援をいかに行っていくかが今後の課題となるでしょう。