シリア難民危機を考えるブログ

シリア難民に関する情報を集約していきます。難民問題と切り離せないシリアや中東情勢についても検証します。

ロシア軍用機撃墜。懸念されていた偶発的衝突のリスク

11月24日、トルコの領空を侵犯したロシア軍用機がトルコ軍のF16戦闘機に撃墜され、さらに救助に向かった別の飛行機も墜落するという事件が発生しました。トルコは北大西洋条約機構(NATO)の一員ですが、NATO加盟国がロシア機を撃墜したのは1950年代の朝鮮戦争以来、実に半世紀以上ぶりという異常事態です。

ロシアとトルコは互いを強い口調で非難。ネット上では当初、今回の武力衝突が世界的な紛争に発展するのではないかと不安視する反応すら見られました。

ところが、ロシアがシリア空爆を開始した9月末以降、シリアでの偶発的衝突のリスクはずっと指摘されていました。発生させてはいけない事件ではありますが、ある意味で「想定された」事態だったといえるかもしれません。

いまのところ、ロシアもトルコも挑発的な行動にでることなく、これ以上の軍事衝突は望まない姿勢を見せています。NATO、国連、アメリカは、双方に自制を呼びかけるなど冷静な対応に終止しています。

 

ロシア軍によるトルコ領空侵犯の経緯

ロシア軍によるトルコ領空侵犯は今回が初めてではありません。(ロシアは軍用機を飛ばすことで、トルコの出方を伺っていたのではないかと言われています。)

1回目はロシアによるシリア空爆の開始直後の10月3日。今回と同じトルコ・ハタイ県で発生。ロシア軍機がトルコ領空に数百メートル侵入したとされる事件で、ロシアは天候不順による誤操作と説明しています。この時は北大西洋条約機構(NATO)がロシアに対する非難声明を発表しています。(朝日新聞10月5日)

2回目はこの翌日10月4日。2日連続の行為にNATOは事故ではないという見方を提示(日本経済新聞10月7日)

3回目は10月16日。トルコ軍がシリアとの国境付近で国籍不明の無人機を撃墜した事件です。NATOの規定に基づき3回警告を行った後に射撃。この機体はロシア軍のものではないかとの疑いが持たれています。(朝日新聞10月17日)

そして、11月24日のスホイ24軍用機の撃墜です。ロシア政府は領空侵犯を否定し、シリア領内を飛行していたと主張。それに対してトルコは5分間で10回の領空侵犯があり、複数回警告も行ったと述べるなど双方の議論が対立しています。アメリカとNATOはトルコの言い分を支持するとしています(Guardian: Nato and UN seek calm over Turkish downing of Russian jet)。

10月3日 トルコ・ハタイ県でロシア軍機がトルコ領空にごく短い時間侵入。 ロシア:天候不順による操縦ミス トルコ:ロシア大使を呼び出し抗議 NATO:非難声明を発表
10月4日 ロシア軍機が前日に続きトルコ領空を侵犯。 トルコ:再度ロシア大使に抗議 NATO:ロシアにシリア空爆停止呼びかけ
10月16日 ロシア機のものと思われる無人機を撃墜。NATOの規定に基づき事前に3回警告。
11月24日 ロシア機による5分間で10回に及ぶ領空侵犯を確認。複数回の警告の後に撃墜。 ロシア:領空侵犯はしていない トルコ:撃墜の正当性を主張

 

ロシアとアメリカ軍の間では偶発事態回避の策が練られていた

ロシア軍が空爆を開始した当初から、関係諸国との偶発的衝突が発生する可能性が常に議論されていました。

そもそも、アメリカ率いる有志連合と、ロシア軍は対「イスラム国」を標榜しながらも、個別に軍事行動を行っています。

そうなると、攻撃目標や対象について情報共有がなされず、お互いに連携がはかれない状態となり、現場で偶発的な衝突が発生するリスクが付きまといます。

アメリカとロシアが戦場で相まみえることになれば、その影響は広範囲に及び、シリア和平が遠のくどころか、国際政治が機能不全に陥るリスクがあるわけです。

実際、10月7日にはシリア上空で米ロ軍機が数百メールの範囲まで異常接近する出来事がありました。(朝日新聞10月9日)

そこで、アメリカとロシアは、早い段階から外務大臣レベルでの協議を実施。10月20日には米ロ両軍による覚書に署名を行い、偶発事態を回避する方法が提示されました。(朝日新聞10月21日夕刊)

具体的には

  • 両国の軍用機が安全確保のために必要な距離の確保
  • 両軍共通の周波数の取り決め
  • 通信拠点の新設

など、運用面での取り決めがなされました。

アメリカのクック報道官はこれがロシアの政策の支持や協力を意味しないと語りました。しかし、互いの立場の違いを一旦脇においたまま合意に至ったということは、それだけ偶発事態の発生を危惧していたことを意味します。

今回のロシア機追撃を受けて、合意内容の運用を厳格化するとともに、追加対策もなされていくものと思われます。

 

事件後の対応、今後どうなるのか?

アメリカと同様、トルコとも相互にホットラインの設置を行うなど、衝突回避の施策を取ってきました。しかし、その取り組みが不十分であったことは否めないでしょう。

いまのところ、ロシアはトルコに対して攻撃を行う意志を示していません。NATOや国連などの国際機関も、ロシアとトルコ両国に対して自制をするよう促すなど、軍事攻撃がエスカレートする状況にならないようなんとか状況をコントロールしています。

事件後、ロシアとトルコは相互に「制裁」措置について言及。いまのところ、大規模な軍事行動に展開する様相は見せていません。

ロシア ・ラブロフ外相が予定していたアンカラ訪問を中止。 ・ロシア国民に対してトルコへの旅行を自粛するように呼びかけました。ロシア→トルコ便を停止することになった場合、トルコ経済への影響は甚大
トルコ ・ロシアからヨーロッパに天然ガスを通すためのパイプラインの建設を停止、あるいは中止する可能性も。

イギリスに拠点を置くシンクタンク「ヨーロッパ・リーダーシップ・ネットワーク」のイアン・カーンズ研究員も、軍事行動がエスカレートする事態には発展しないだろうと見ています。(Guardian: Nato and UN seek calm over Turkish downing of Russian jet

その理由として、

トルコとロシアは貿易、経済、観光において非常に強い関係を築いています。次に、シリアに関してロシアと西側諸国を結びつける複合状況が存在しています。つまり、シャルム・エル・シェイクとパリテロ事件です。ロシアはこの機会を掴むことに戦略上の関心を寄せています

国際舞台への「復帰」の機会を伺うプーチン大統領が、西側との対立をエスカレートさせることは得策ではないと考えていると見るのが合理的ではないでしょうか。

ヨーロッパ・リーダーシップ・ネットワークは、トルコ周辺だけではなくバルト海でのNATO諸国との衝突のリスクが高まっているとの報告書を公表しています。関係国が情報共有を図り、誤解の可能性を最小化する新たな仕組みを提唱しています。

今回の軍用機撃墜を受けて「イスラム国」掃討に向けた各国の足並みが乱れるとの見方もあります。今後の行方は、今週のオランド大統領と各国首脳の会談と、イランとロシアとの協力関係にかかっていると考えています。

運用面・実務面で関係国間の武力衝突を回避する方法を模索しながら、協力できる部分をさぐりながら協調を進めていく流れに落ち着いてくるように思われます。