パリ同時テロ後にシリア空爆を強化したロシアの思惑
パリ同時テロ事件を「イスラム国」による戦争行為とし、フランスはシリアへの報復爆撃を開始しました。フランスも参加するアメリカ主導の「有志連合」による対「イスラム国」への空爆は、2014年8月以降、すでに8000回を超えました(11月12日現在)。パリでのテロ事件以降は、その動きがさらに加速しています。
ロシアは、エジプトでの旅客機事故の原因を「イスラム国」によるテロと断定。「自衛権の発動」という大義の下、連日シリアへの空爆を強めています。そして、同じくテロと戦うフランスを「同盟国」と呼び、「シリアでの空爆作戦において、ロシアとフランス間で軍や情報機関の調整を緊密に進めることも確認」しました(読売新聞11/19)。
シリアのアサド政権の今後を巡る米ロの対立
メディアの報道を見る限り、アメリカ・ロシア・ヨーロッパは、対テロ作戦で一丸となっているように見えます。
しかし、その内実は複雑です。
特にアメリカとロシアは、シリアの将来像を巡るビジョンが根本的に対立。 シリア紛争が始まってから一向に改善する見通しがたっていません。
その根本にあるのが、シリアのバシャール・アサド大統領の処遇に関する立場の違いです。
アメリカはアサド政権の即時退陣を要求して「穏健」な反体制派による政権樹立を目指しています。
一方、
ロシアは、ロシアやイランと関係の深いアサド政権の存続を主張しています。
10月にはシリアのアサド大統領とモスクワで電撃会談。アサド大統領にとって内戦勃発後初めての外遊だった。
2011年にシリア紛争が始まって以来、両国の溝が埋まる気配はありません。
そして、状況をさらに複雑にしたのが「イスラム国」の誕生です。イラクからのアメリカ軍の撤退や、シリア内戦による無政府化によってうまれた権力の空白地帯で力をつけたスンニ派のイスラム過激派組織です。
当初アメリカは「イスラム国」をマイナーな存在と見ていました。しかし、2014年半ば以降、「イスラム国」は、イラク・シリアの主要都市を制圧。いくつもの油田を支配下に置いて資金力をつけているとも言われています。
「イスラム国」はアサド政権と対立している一方で、アメリカが支援する「穏健な」反アサド政権・反体制派とも対立。
つまりアメリカは、穏健派と対立する「イスラム国」とアサド政権の両方と対決する立場に立たされています。
一方ロシアは、アサド政権を支援しています。アサド大統領に反旗を翻す「イスラム国」と「穏健派」と対峙しているわけです。
ロシアは9月下旬以降、シリアへの空爆を行っていますが、攻撃の対象にはアメリカが支援する「穏健派」も含まれていると言われています。「米紙ニューヨーク・タイムス(電子版)によると、[パリ同時テロ以降も]ロシア軍は反体制派への攻撃も継続している」(読売新聞11/19)という情報もあります。
アメリカ側もこうした事態に常に不快感を示しており、ロシアがアサド政権を支援し続ける限り、協力が拡大することはないだろうとしています。
こうした立場の違いがありながらも、ロシア側は、「イスラム国」が共通の敵という共通点を突破口にしようとする思惑があるようです。
ロシアの思惑〜国際社会への「復帰」と中東におけるプレゼンス確保
ロシアは、2014年のクリミア併合以来、孤立を深め、国際社会の表舞台から遠ざかっていました。
対テロを名目に、欧米諸国と協調路線をとりながら影響力を強化したいという思惑があります。
「テロ被害者のフランスと歩調を合わせることで、シリア情勢を巡る対露批判を封じ込めたいのがロシアの本音だ。経済制裁の見直しにも期待を寄せる」(読売11/19)
「イスラム国」の自爆攻撃によるテロの被害者という立場を打ち出すことで、シリア情勢で影響力を保持しながら国際社会に復帰したいというのがプーチン政権の狙いとされています。
実は、2014年夏以降、エネルギー価格の下落の影響で経済的にも苦境に立たされており、現状の打開に向けて突破口を開きたいという思いがうかがえます。
そもそも、シリアには地中海に面したタルトゥースという街に、ロシアの海軍基地が存在しています。
中東での影響力を保持するのに加えて、地中海に面した軍事的な重要拠点を手放せないというロシア側の事情もあるわけです 。
次のような分析もあります。
ロシアはシリアに重要な海軍基地を保持しいる。タルトゥースのアラウィー派が支配する地域にあり、プーチンはこの基地をどんな犠牲を払ったとしても維持したいと考えている。 シリアの他の地域が崩壊してイスラム国が大部分を支配することになったとしても、アサドがアラウィー派の中心地で権力をとどめておくことができれば、プーチンとしては満足だ。
「アサドを支援することが大一優先で、テロとの戦いは二の次」が本音というのが上の記事の著者の意見です。
現在、シリア内戦後の政権移行を検討する国際会議の場にアサド政権側を招待することで調整がなされています。
従来、反アサドの立場を強く打ち出していたフランスも、国内からの批判をかわすために対「イスラム国」に専念せざる得ない状況になりつつあります。西欧諸国も、ロシアが「イスラム国」打倒に本腰を入れるなら、民主的な選挙が行われるまで暫定的にアサド政権を容認する方向に態度を軟化することも考えられます。
「パリのテロを転機にロシアの思惑に近い方向に国際世論が傾きつつある。米欧ロや中東の関係国の外相は14日の会議でアサド政権と反体制派の停戦協議を開始することで合意した。テロの脅威が広がる中で対ISを優先し、アサド政権存続の是非を巡る議論をとりあえず棚上げする流れだ。」(日経11/20)
しかし、シリア内戦後の政権構想についてはロシア側からも明確なビジョンが語られておらず、今後も紆余曲折があることが予想されます。
お互いに何を考えているか、手探り・疑心暗鬼になりながら「協力」という体裁を整えつつ空爆が続けられていくのでしょうか。